雪と毒杯 クリスマスにミステリーを 雪の夜におすすめ

ピューターのゴブレット
ピューターのゴブレット

クリスマスにちなんだミステリーや、事件の時期がたまたまクリスマスというミステリーは、いろいろあるが、「雪と毒杯」は後者である。事件はクリスマスシーズンに起こるが、内容にクリスマスの要素はあまりない。

修道士カドフェルシリーズで知られるエリス・ピーターズの1960年発表の作品である。近年、古い作品で未訳のものが出版されることがあるので、嬉しい。

雪と毒杯 The Will and the Deed エリス・ピーターズ 1960 創元推理文庫 2017年9月

原題は、直訳すると「遺言と証書」というところか。

あらすじ

往年のオペラ歌手、アントニアがウィーンで亡くなった。アントニアの秘書、姪、姪の息子、マネージャー、弁護士、主治医、友人は、チャーター機でロンドンへ帰る途中で、アルプスの山中に不時着する。一行は小さな村のホテルに何とか無事にたどりつき、ほっとしたのもつかの間、アントニアの遺産をめぐる緊張が表面化する。弁護士が遺言書の内容を一同に知らせた夜に、事件が起こる。

誰が どうやって なぜ

限られた関係者が外部から切り離された、いわゆる「クローズドサークル」の状況で事件が起こり、探偵役の人物が謎解きをしていくという展開は、アガサ・クリスティのミステリなどでもおなじみである。

場面がめまぐるしく変わるタイプのミステリよりも個人的には好きだが、現代では、こういった「クローズドサークル」の舞台設定のミステリは書きづらくなっているかもしれない。

また、クローズドサークルのミステリでは、途中で犯人が分かってしまったり、なぞときがこじつけすぎだったりすると、残念な読後感になってしまう。その点でいうとこの作品は、登場人物の個性もあり、謎解きの意外性もあり、絡めてある恋愛のエピソードもしつこくなく、なかなか面白かった。

個人的には、犯人の異常性が強かったり猟奇的であったりするものは苦手なのだが、その点でも、エリス・ピーターズの作品は、登場人物に人間味があり、読後感が悪くないものが多いので安心して読める。犯人やトリックを何となく覚えていても、普通の小説の味わいもあるので、再読しても楽しめると個人的には思う。

オペラ 薔薇の騎士

「雪と毒杯」の原文のタイトルと、各章の初めにおかれた引用文は、リヒャルト・シュトラウス作曲のオペラ「薔薇の騎士」の英訳版の歌詞の一節だと、本文の前に説明がある。「雪と毒杯」の登場人物アントニアは有名なオペラ歌手であり、友人のオペラ歌手リチャードと、「薔薇の騎士」や「セヴィリアの理髪師」や「魔笛」の舞台で共演したことがあるのだ。

こういうエピグラフ(巻頭や各章冒頭の短文)がおかれたミステリは時々あるが、うまくはまっているとその作品のイメージがふくらんで、読む楽しみが増える。残念ながらオペラはあまり観ない方なので、「薔薇の騎士」からの引用文を完全には味わえていないと思うが、それでも、一つのオペラの中にこんなにミステリの各章にぴったりくる多様な言葉が含まれているというのは、面白いものだ。

オペラのタイトルの「薔薇の騎士」は、婚約に際して男性から女性に使者「バラの騎士」を介して「銀のバラ」を贈る風習があるという、オペラの中のエピソードからきている。なお、こういった風習が実際にあったわけではなく創作らしいが、なかなかロマンチックである。

オペラ、ミュージカル、芝居などはあまり観ない方だが、故蜷川幸雄氏演出のマクベスを観に行ったことはあり、たまたまテレビをつけたら放映していたフィガロの結婚や、シェークスピアのコリオレイナスに見入ってしまったということもあるので、まったく観ないというほどでもない。小説を読むときもそうだが、うまくその世界に入り込めるかどうかである。

この「雪と毒杯」は、雪深い冬の夜に、好きな飲み物とともに味わうのにぴったりだと思う。

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