加賀藩御用菓子司 森八 黒羊羹「匠」

森八 黒羊羹「匠」と干支飴
森八 黒羊羹「匠」と干支飴

東京四谷に、金沢の和菓子の老舗、森八の東京店があると知ったのは、比較的最近のことだ。普段それほど和菓子を食べるわけではないが、機会があったら行ってみようと思っていたところ、先日四谷に用事があったので、訪れてみた。

加賀藩御用菓子司 森八 公式ホームページはこちら

加賀藩御用菓子司 森八

森八は、寛永2(1625)年創業の金沢の和菓子店。

東京店は新宿区四谷二丁目にある。四ッ谷駅の方から新宿通を歩いて行くと、それほど大きくはないが、落ち着いた店構えが目に入った。考えてみると、金沢でも大抵はデパートで買っていて、本店で買ったことはなかったような気がする。

店内に入ると、季節の上生菓子は既にあまり品数がなかった。訪れたのは午後半ば頃だったので、上生菓子目当てなら午前中の方がよいのかもしれない。

お目当ての黒羊羹と、来年の干支の飴を買った。

森八 黒羊羹「匠」と干支飴

森八 黒羊羹「匠」と干支飴

黒羊羹

米沢茶店の加賀棒茶と同じく、個人的には羊羹といえば「森八」である。特に、黒羊羹の「匠」(しょう)の「黒(本練り、粒なし)」が定番。しっかりと甘く濃厚でありながら、しつこいということはなく、また食べたくなる。

羊羹にはほかに、「匠」の「小倉(粒あり)」、材料を厳選した「玄」がある。「玄」は、公式オンラインショップの紹介文にもあるように、「匠」よりもややあっさりして、あくのない味である。日本酒でいうと、「匠」が吟醸、「玄」が大吟醸のようなイメージだろうか。

羊羹といえば虎屋という人も多いと思うが、虎屋の羊羹の濃厚さは、私にはどこかしつこく感じる。

やはり自分の食べ慣れた味がよい、ということだろうか。

森八といえば

今回は買わなかったが、森八といえば、代表的なお菓子は、「長生殿」(ちょうせいでん)、「千歳」(ちとせ)である。

長生殿は、日本三大銘菓の一つとされる紅白の落雁、千歳は、こしあんを求肥で包んだお菓子で、どちらも上品な外観、上品な味わいである。「長生殿」も「千歳」も、自分で買って日常的に食べる和菓子というイメージはなく、引き出物や、贈答用というイメージだ。

長生殿と千歳 井上靖「北の海」

「長生殿」と「千歳」は、井上靖の小説「北の海」にも、登場する。菓子の名称は書かれていないが、森八の長生殿と千歳を知って読めばそれとわかる表現である。

北の海 井上靖 1980年 新潮文庫

長生殿と千歳が出てくるのは、洪作が金沢の四高(旧制第四高等学校)での柔道の夏稽古を終え、洪作は沼津へ、柔道部員はそれぞれの郷里へ帰っていくという場面である。洪作が行動をともにしていた四高の1年生の杉戸が母親に金沢の有名な干菓子を買ってくるように言われていたことを思い出し、1年生の鳶、受験生の大天井らと4人で買いに行く。老舗の菓子店の有名な干菓子といえば、「長生殿」だろう。

その時、杉戸が、「俺、おふくろから菓子を頼まれていた」と、いまそのことを思い出したように言った。菓子というのはこの町の名物になっている干菓子だった。(中略)いい加減歩き疲れた頃、目指す菓子屋に着いた。大天井は一番大きい菓子折を八個買い、それをみなに分けて、「もうこれでいいか。羊羹もあるぞ。白いのと黒いのとある」「要らん、要らん」鳶が言った。「赤い粒をふった菓子と白い粉をふった菓子があるぞ。この方も有名だ。俺は食ったことはないが、うまいらしい」 (「北の海」より引用)

大天井が1人二つあてに8個も買った菓子折が「長生殿」で、他にも買わないかと勧めた「赤いつぶをふった菓子と、白い粉をふった菓子」が「千歳」である。結局、洪作が長生殿6個を土産に沼津に帰ることになり、下宿していた寺と、よく世話になった友人の藤尾の家と、中学校の宇田先生に2個ずつ菓子折を渡す。

暫くすると、夫人は赤と白の干菓子を菓子皿に入れて持って来た。「きれいなお菓子ね。折角の洪作さんのお土産ですから、さっそくいただいてみましょう。(「北の海」より引用)

宇田先生のところに居合わせた友人の遠山に、「貰ったのを持って来たんじゃないか」と見とおされるやりとりには、ちょっと笑ってしまう。

落雁 福梅 和菓子あれこれ

落雁は、あまりおいしいと思わない人もいるようだが、私は、今はあまり食べないが嫌いではない。よい落雁は、上品な甘さで口溶けがよく、後味もよい。長生殿などはなかなか口にする機会がなかったが、子供の頃好きだったのは、金沢の「諸江屋」の「花うさぎ」という花の形の落雁である。こちらは手頃な価格だが、これもまっとうな落雁でおいしく、巾着型の箱もかわいらしい。

上生菓子は、子供の頃は特においしいとは思わなかったが、あるとき、お茶席で上生菓子をいただいたときに、「これは抹茶に合うように作られていたのか」、と納得したことがある。上生菓子の季節感あふれる凝った外観も、お茶席にぴったりである。

そういえば、井上靖の小説「夏草冬濤」に、湯ヶ島を訪れていた中学校の後輩の宿に顔を出したときに、お茶菓子として出された羊羹の厚さに洪作が驚く場面があったのを思い出した。これは、森八の黒羊羹というわけではないけれども、羊羹の切り方一つでも、感じることはあるものだ。

夏草冬濤 井上靖 1970年 新潮文庫

羊羹が小皿の上にのせて出された。洪作はその羊羹の切れの分厚いことに驚いた。羊羹というものは大体薄く切って出すものだと思っていたが、小母さんが切ってくれた羊羹は一寸くらいの厚さだった。              (「夏草冬濤」より引用)

金沢やその周辺で年末年始になると見かける和菓子「福梅」(ふくうめ)は前田家の家紋「剣梅鉢」に由来する梅型の紅白最中である。「福梅」というお菓子自体は、他の和菓子店でも作っているし、安価な物はスーパーマーケットでも買うことができる。森八の「福梅」は高級品というイメージだ。

和菓子はその土地の食文化でもあり、なかなか味わい深いものだと思う。

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