コミュニケイションのレッスン 鴻上尚史 感想

IKEAの指人形
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しばらく前に、大学生の息子が就職せず俳優になりたいと言い始めたことに悩む父親の相談に、演出家の鴻上尚史さんが答えているインターネットの記事を読んだ。

「高橋一生が『長年の下積み』の末にブレイク」に鴻上尚史が怒り 俳優志望の息子に悩む父親に送った言葉とは」 (鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋)AERA dot.

鴻上さんは、回答の中で、一旦就職してあきらめきれずに30歳くらいで初めてオーディションを受ける人がいること、それは俳優になるうえでは不利であること、若い頃から俳優を目指していても芽がでないと自分で見切りをつけてやめていく人も多いこと、俳優の修業はほかの仕事でも役立つ面が多いこと、などを述べている。そのうえで、相談者への回答としては、息子自身に考えさせることを勧めている。

俳優の修行はほかの仕事でも役立つ面が多いという部分を読んで、そういえば、演技の要素はロールプレイングやアサーションなど、子供の教育や社会人向けの研修などでも取り入れられているし、発声も表現力も豊かだろうということに思い当たり、なるほどと思った。

鴻上さんの回答は、劇団の主宰者・演出家などとしての経験に裏打ちされたもので興味がわいたので、関連する鴻上尚史さんの著書を何冊か読んでみた。

コミュニケイションのレッスン 聞く・話す・交渉する 鴻上尚史 大和書房 2013年

「空気」と「世間」 鴻上尚史 講談社現代新書 2006年

あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント 鴻上尚史 講談社 2000年

コミュニケーションのとり方の自覚と観察

鴻上さんの、修業時代や演出家としての経験からの指摘は、なるほどと感じるところがいろいろあった。例えば、人のコミュニケーションのとり方は親の影響を受けているということ(「コミュニケイションのレッスン」)。

自分のコミュニケーションのとり方を自覚するだけでもその後のコミュニケーションに違いがでてくると書かれており、何年か前に読んだ「息子と僕のアスペルガー物語」という「現代ビジネス」の連載記事を思い出した。

「息子と僕のアスペルガー物語」 奥村隆 現代ビジネス

記事の執筆者である奥村氏は、子息がアスペルガーと診断されたのをきっかけに、ご自身もアスペルガーであることに気づくのだが、記事中のエピソードに、自分の言動が同級生からよく思われていないことに気づいたときの経験談がある。奥村氏は、周囲に好かれている同級生の言動を観察して、どういう場面でどういう発言なら受け入れられやすいのかなどを学習していったという。これはやや極端な例かもしれないが、自分の思考のくせを知ったり、他の人のやり方で自分にもできそうなことを試みたりするのは、やってみるとよさそうだ。

ちなみに、アスペルガー症候群は知的には問題がないがコミュニケーションの特異性などがみられるタイプで、今は診断名としては使われておらず、自閉症スペクトラムの中に位置づけられている。

「息子と僕のアスペルガー物語」(全39回)は以前は全部無料記事だったのだが、今は第11回以降は有料記事となっており、無料記事部分を読み返してみたが、同級生の言動を観察して学習した高校時代のエピソードは載っていなかった。

練習も必要

鴻上さんの著書「コミュニケイションのレッスン」や「あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント」では、相手や場面によって、声の大きさや高さ、速さ、間の取り方、声色を変えるとよいこと、そのためにはスポーツなどと同じように練習が必要だと指摘されている。声の出し方などの具体的な方法も書かれていて、参考になる。

発声に関するトレーニング方法がもっと詳しく書かれた「発声と身体のレッスン」という著書もある。ほぼ最初から最後まで、発声方法や声を出しやすい身体のトレーニング方法の紹介と説明であるが、この本の後半の身体のトレーニング方法は身体の無駄な緊張をとることにもなり、腰痛や肩こりにも効きそうに思えた。

発声と身体のレッスン 増補新版 鴻上尚史 白水社 2012年

多様な声の使い方ができるとよいというのは、言われればそのとおりなのだが、実際は、意識しないと自分の話しやすい声や速さになりやすい。発声や間の取り方などは、練習しておくと随分違ってくるはずだが、身についた声の出し方のくせを変えるのはなかなか大変である。

感情のコントロール

鴻上さんの著書「あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント」の冒頭の章のタイトルは、「感情のヒント」。感情も相手に伝わるので、感情を豊かにし、「感情を知っていて、それを有効に創造的に使える」ようにすることを勧めている。

この章を読んで、哲学者の中島義道氏の著書「怒る技術」を連想した。中島氏は、「怒る技術」の中で、怒りを感じるのも怒りの伝え方も、練習が必要だということを書いている。

怒る技術 中島義道 PHP研究所 2003年

相手に伝えたい感情や情報を明確にし、それを効果的に伝えるというのは、演技の一種と考えてもよいのかもしれない。

コミュニケーション能力は性格や資質としてとらえがちだが、技術としてとらえると、練習して習得するという意識を持ちやすい。そのうえで、「演技」をコミュニケーションの技術の一つとして使うのは、対応しなければならない場面や相手が多様な現代社会では、効果があるかもしれないと思った。

最近読んだ別の本でも、接客業に慣れない頃、終業後に疲労を感じていたのが、あるきっかけで、業務のときに「役者のように振る舞う」という意識をもつようにしたところ、気持ちの切り替えがしやすくなったということが述べられていた。

お客様に選ばれる人がやっている 一生使える「接客サービスの基本」 三上ナナエ 大和出版 2016年

これは、ANAのキャビンアテンダントを退職後、人材教育講師をしている著者による、接客サービスの心得などが書かれた本。目からウロコというような内容ではないのだが、「笑顔にバリエーションがある人が心をつかむ」とか、「人の心は『声の力』で動かせる」とか、「日常のささいなことも接客力アップにつながる」など、鴻上さんの著書の内容とリンクする部分も多かった。接客やコミュニケーションのノウハウ本や、元CAのマナー講師の記事などを読んでも、あまり心に響かないこともあるが、この本の読後感は悪くなかった。三上氏の心とプロ意識が伝わってくるのかもしれない。

準備も重要

話す内容についても、鴻上尚史さんは「どうしても自信がなければ、話す内容を全部書くのもいいと思います。」(「コミュニケイションのレッスン」)と述べている。

数学者の藤原正彦さんの著書「遙かなるケンブリッジ 一数学者のイギリス」の中でも、オックスフォードとケンブリッジで大事な研究発表をする前に、講演ノートを作り、ユーモアを交えた部分は特に練習して準備していたというエピソードがあった。

遙かなるケンブリッジ 一数学者のイギリス 藤原正彦 新潮文庫 1994年

これは、英語での講演だからということもあると思うが、母国語でもそれくらい十分に準備するとよいのだろうと思う。同じ本の中で、藤原正彦さんは、研究をまとめて発表するまでの間に自信を失ったりする時期があることを述べていて、実績のある研究者でもそういうものなのだなと思ったりもした。

私も、話す内容を書いておくというのはやったことがある。原稿を作り、読んで時間を計って手直ししたりするうちに、頭も整理されて、少しは落ち着いて臨むことができたようだ。原稿を準備した場合でも、話の流れは頭に入れておくようにして、実際に話すときには原稿に頼りすぎない方が、緊張して頭が白くなっても何とかなるような気がする。

仕事の電話での応対も、慣れないうちは、聞くべきことや言うべきこと、担当者がいなかったら電話口の相手に何と言うかなどシュミレーションしたりしていた。電話をかけるときはまだ準備しやすいが、かかってくる方は誰からどんな用件の電話か分からないので、初めのうちは緊張したのを覚えている。

準備が重要だというのは、いろいろなことに当てはまると思う。

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