昨今「なりすまし」というと、SNSなどのインターネット上でのなりすましが問題となっているが、ここでは触れておらず、リアルでのなりすましとミステリー小説の話題である。
地面師にご用心
昨年2017年に、大手ハウスメーカーやホテルグループが不動産詐欺に遭い高額の被害を被った事件が世間を騒がせていたことは記憶に新しい。
大手ハウスメーカーS社の事件では、都内の不動産の売買契約をしS社が代金約63億円を支払ったが、S社への所有権移転登記ができず、なんと、所有者だと紹介された人物は偽物で、本人確認書類も偽造だった!という顛末であった(実質的被害額は約55億円)。
この詐欺事件のように、自分の土地でないのに、偽の書類を用意して勝手に売って買主から代金をだまし取るといった不動産詐欺師は「地面師」と呼ばれることがある。
自分の干支を間違える?
最近になって、この地面師集団が逮捕されたと報道され、再び世間の注目を集めている。所有者になりすましていたという人物も逮捕されたのだが、売買契約成立後の本人確認の手続で司法書士に干支(えと)を聞かれ、本人の干支ではない答えをしたり、誕生日も正確に言えなかったりしていたというインターネットニュース記事を読んで(2018年10月18日毎日新聞)、ちょっと驚いた。
なりすましとしては雑だし、本人確認としては、甘すぎないか?
年齢のさばを読んでも、干支を間違えたらばれるものだ。本人になりすます場合、干支を覚えておくというのは基本中の基本ではなかろうか。若い人はどうか知らないが、50代くらいより上の年代の人が自分の干支を間違えるというのは、かなり考えにくい。
偽造パスポートなどは、最近はある程度精巧にできていて、ちょっと見たくらいでは偽造だとはわかりにくいらしい。しかし、誕生日や干支を間違えてもスルーするようでは、本人確認としては不十分ではなかろうか。他にも、不審な情報がS社に寄せられるなど怪しいフシはいろいろあったようだ。
大企業の大きな取引というのは、一旦社内決裁が通ってしまうと、誰も止めようとしないものなのだろうか。
特殊詐欺
以前は「オレオレ詐欺」「振り込め詐欺」などと呼ばれていた詐欺も、バリエーションが多様になったためひっくるめて「特殊詐欺」と呼ばれるようになった。
私自身は、親族を騙(かた)る詐欺の電話を受けたことはないが、息子や孫を騙って「親にかかってきた」という話は知人から時々聞く。家族間でコミュニケーションがとれており、お互いの状況などを知っている場合は、騙されにくいようだ。聞いた話では、相手にしなかったら切れたというものばかりだが、実際に騙された人は隠す傾向にあるようだから、ひょっとしたら身近にも騙された人はいるのかもしれない。
投資話や還付金詐欺では、騙されたとか、騙されそうになったという話はたまに聞くことがある。市役所職員や警察官や弁護士や投資会社など、もともと知らない人を騙って「還付金」「被害の賠償」「投資話」などの話を持ち掛ける詐欺の方が、注意が必要かもしれない。うまい話などないものなので、儲け話に簡単に乗ったりしない方がよいのだろう。
誰かになりすます ミステリーあれこれ
ミステリーなどでも、「ある人物になりすましているのを見破る」というパターンの話がある。短編では、どのように見破ったかの種明かしでまとめられている。長編では、「なぜその人物になりすましているのか」がトリックのポイントの場合、伏線をはりつつ終盤まで「なりすまし」だとは明かされないが、なりすまして潜入する側から書くとスリリングな展開になる。
月の光 (原題 Moonshine)
作者:W・ハイデンフェルト ELLERY QUEEN’S MINIMYSTERIES 1969
ミニ・ミステリ傑作選 1975年 創元推理文庫 所収
ふとしたことで、英国に潜入していたドイツ人のスパイを見破る話。何となく印象に残っており、時折思い出す。エラリー・クイーン(の一人、フレデリック・ダネイ)が編纂した短編集の中の一編。この短編集には67編(もとの短編集は70編)のショート・ショートが収められており、なかなか読みでがあってよい。
逃げ場なし (原題 No Refuge Could Save)
作者:アイザック・アシモフ THE UNION CLUB MYSTERIES 1983
ユニオン・クラブ綺談 1989年 創元推理文庫 所収
これも、アメリカに潜入しているドイツ人のスパイを見破る話。「月の光」よりも現実味が薄いが、「ユニオン・クラブ綺談」はどの短編も、アシモフの雑多な知識が語られたりするところが読みどころである。蘊蓄(うんちく)やトリビア、とんち話、言葉遊びなど、実学としてはあまり役に立たないけれど知っているとちょっと楽しいような話題が好きな人向けであり、「そんな話どうでもいいよ」という人には面白くもなんともないかもしれない。同じ趣向のアシモフの短編集に、「黒後家蜘蛛の会1~5」があり、こちらもおすすめである。
オデッサファイル THE ODESSA FILE
作者:フレデリック・フォーサイス (1972) 角川書店 1974年 訳者 篠原慎
フレデリック・フォーサイスの第二作であり、代表作の一つ。元SS(ナチス親衛隊)の秘密組織オデッサに潜入するために、既に死亡している元SSになりすます若きドイツ人ジャーナリスト、ペーター・ミラー。元SSになりきるために必要な知識はすべて覚え込むが、愛車のジャガーXK150Sに乗り続けていたために、不審を招くことになる。ジャンルとしてはミステリーの範疇ではないが、ペーターがなぜこういった行動に出るのかということが終盤で明らかになるあたりは、ミステリー的要素かと思う。短編と異なり「見破られて終わり」という話ではなく、この本の内容も重いものを含んでおり、印象に残っている。
趣味の問題 The Bibulous Business of a Matter of Taste
作者:ドロシー・L・セイヤーズ (1928) ピーター卿の事件簿Ⅱ 顔のない男 2001年 創元推理文庫 所収
日本で編纂されたドロシー・セイヤーズの短編集の中の一編。ピーター卿が3人現れて、利き酒をする話。本物はどれか。ミステリーとしてはトリックも何もないので、ピーター・ウィムジイの人となりや趣味などを知らないと楽しめないように思う。「殺人は広告する」など、ピーター卿が登場するミステリを何冊か読んでいる人向けかも。
その他いくつか
上に挙げた他にも「誰かになりすます」要素が入っているミステリーは多いが、実は誰それは偽物で本当は誰それだったというのは、やりすぎるとわけがわからなくなるし、読み手に見抜けるはずがない書き方だと読む気が失せてしまう。
カーター・ディクスンのヘンリ・メリヴェール卿が登場する一冊に、「なりすまし」のパターンのドタバタ系のミステリーがあるが、これは「なりすまし」が分かりにくく、ギリギリのところかなと思う。手元にないので不確かだが、「一角獣の殺人」だったと思う。カーター・ディクスンは、ジョン・ディクスン・カーのもう別名義で、ディクスン・カーといえば密室トリックで有名だ。作品の数は多くトリックも雰囲気もいろいろだが、中では、ヘンリ・メリヴェール卿のシリーズがわりと好きである。
The Unicorn Murders 1935 カーター・ディクスン 邦訳は、国書刊行会 1995年の「一角獣殺人事件」、創元推理文庫 2009年の「一角獣の殺人」など。
そういえば、子供の頃に読んだ江戸川乱歩の「怪人二十面相」シリーズでは、毎回、怪人二十面相がいろいろな人物に変装するのだが、残された書き置きなどから、後になってあれは実は二十面相だったということが分かるパターンである。当時から、その場面はほとんどギャグのようだと思っていたが、読み物としては面白かった。戦前から戦後にかけて発表された作品であり、自分が読んだ頃には既にレトロな感じがしたが、今となってはむしろ新鮮かもしれない。ポプラ文庫クラシックや電子書籍で、今でも読めるようだ。
アガサ・クリスティーにも「なりすまし」のパターンがあるが、そうだと知って読むと楽しみが半減しそうなので、ここではタイトルは挙げないでおく(別記事にゆずる)。
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ミニ・ミステリ傑作選 (創元推理文庫 104-24)
([え]2-1)怪人二十面相 江戸川乱歩・少年探偵1 (ポプラ文庫クラシック)