にわか観る将 読んだ本その1 「弟子・藤井聡太の学び方」ほか 

2016年に史上最年少14歳2ヶ月で四段に昇段し、注目を集め続ける将棋棋士の藤井聡太二冠(2020年10月現在)。

藤井二冠のこれまでの活躍、師匠の杉本昌隆八段のコメント、AIの予想する次の一手・評価値や対局中の解説者のコメントなどを見聞きするうちに、これまでになく将棋の世界に興味がわいてきた。

思い返せば、羽生善治九段が七冠を制覇したときの羽生フィーバーもすごかったが、だからといって私自身が棋士や将棋の対局に興味が増すということはなかった。興味を持ちやすくなった背景には、インターネットで記事や対局が見られるようになったことや、将棋AIの評価値が出ることで将棋に詳しくない人にも形勢が伝わるようになったことがあるのだろう。

将棋の対局も以前より見るようになったが、本好きなので、将棋関係の本を何冊か読んでみた。

(タイトル・段位は、特記しない限り、2020年10月25日時点のもの)。

「弟子・藤井聡太の学び方」 著 杉本昌隆

藤井二冠の師匠として有名になった、杉本昌隆八段の著書。私は文庫で読んだ。

「弟子・藤井聡太の学び方」 著 杉本昌隆 PHP研究所 2018年1月(文庫2019年3月)

本書には、藤井二冠のことだけでなく、自分の修行時代のことや師匠との関係のことなども書かれていて、興味深かった。藤井二冠はやはり特別な弟子のようだが、四段になれずに奨励会を年齢制限により退会した最初の弟子への思いや、自ら将棋を辞め他の進路へと進んでいった弟子たちへの期待も述べられている。

将棋の奥深さについても、過去の羽生九段との対局で、「百五十手を超えたあたりから、自分の中にある将棋観、いや脳の奥にあるもっと根本的なものの考え方までが変わっていくように感じられました。」という体験をしたとあり、そういうことがあるのかと感銘を受けた。後述の「師弟」という本の中で、羽生九段が、杉本八段との「長手数の熱戦の記憶がありますね。」と述べているのも、この対局のことかもしれない。

「天才棋士降臨・藤井聡太 炎の七番勝負と連勝記録の衝撃」 日本将棋連盟

題名がすごいが、藤井棋聖の棋士デビュー間もない頃に企画・放映された、「炎の七番勝負」と公式戦29連勝の対局の内容や、企画者・対局者へのインタビューをまとめた本。

天才棋士降臨・藤井聡太 炎の七番勝負と連勝記録の衝撃 日本将棋連盟 マイナビ出版 2017年8月

公式戦29連勝の概要など、「天才 藤井聡太」(著 中村徹 松本博文 文藝春秋)と重なる部分もあるが、炎の七番勝負の記録は臨場感があり、番組を見ていなかった人にも楽しめる。

「炎の七番勝負」は、2017年3月~4月にインターネットTVのアベマTVが企画・放映した番組で、史上最年少で棋士になった藤井四段(当時)が、羽生善治三冠ほか、気鋭の若手棋士、タイトル戦常連のベテランA級棋士、総勢7名と対戦するというものである。

七番勝負の結果は藤井四段(当時)の6勝1敗(1敗は永瀬拓矢六段(当時)との対局)と目を瞠るもので、特に、藤井四段が羽生善治三冠(当時)に勝ったことで大きな話題となった。

本書には棋譜も多く載っており、私には棋譜はよく分からないが、分かる人には棋譜も面白いだろう(棋譜は日本将棋連盟の公式ホームページでも紹介されている)。対局相手のコメントも興味深く、藤井四段の自戦記も読みどころである。

企画者である鈴木大介九段の、「企画段階から、『藤井君が全敗したら困る』とみなさん心配していましたし、私も心配していた。今となっては見る目がなかったですね(笑)。」というコメントが印象的である。

「師弟 棋士たち 魂の伝承」 著 野沢亘伸

師弟6組12人と、羽生善治九段(現在)へのインタビューをまとめた本。将棋にも棋士にも詳しくない人にも楽しめる。

師弟 棋士たち 魂の伝承 著 野沢亘伸 光文社 2018年6月

6組の師弟は、谷川浩司ー都成竜馬、森下卓ー増田康宏、深浦康市ー佐々木大地、森信雄ー糸谷哲郎、石田和雄ー佐々木勇気、杉本昌隆ー藤井聡太(段位・敬称略)。

師匠の、弟子にかける思いの大きさや、いろいろな棋士の生き方が垣間見えるようで、なかなか面白かった。

中でも、6度タイトル戦に出場して一度も獲得できなかった森下卓九段が「本気で、欲しいと思わなかったんでしょうね。」と述べているのは、非常に印象深かった。将棋特集で話題になった Number 1010号(2020年9月)の中の「羽生を止めろ。七冠ロード大逆転秘話」という記事も合わせて読むとまた面白いと思う。

「中学生棋士」 著 谷川浩司 角川新書

谷川浩司九段が、自身を含め、中学生で棋士になった5人(加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明、藤井聡太(段位・敬称略)について述べた本。

中学生棋士 著 谷川浩司 角川新書 2017年9月

中でも、現在注目を浴びている藤井二冠についての記述が多いが、谷川九段がこれほど、特定の若手棋士に興味を抱いたということもあまりなかったのではなかろうか。

藤井二冠の憧れの棋士は谷川九段だということだが、読みの速さや正確さ、ともに詰将棋作家でもあること(藤井二冠は当面詰め将棋作りを封印しているようだが)など、どこか通じる部分があるのかもしれない。

また、百局以上対局した羽生九段についての記述も大変興味深い。

羽生九段について、「二十代の時の彼は、定跡と呼ばれる将棋における常識的な指し手を全て疑い『(中略)・・・別の手を試してみよう』というような様子が顕著にあった。」、「そういう手を指す時期が二年くらいあったと思うが、その後、羽生さんは『もう分かった』という感じで、二度とそういう手を指さなくなった。」と述べている部分がある。

別の本の中に、この時期のことを語ったのではなかろうかという羽生九段のコメントがある。

「私、最初にタイトル獲ったときって19歳だったのですけど、でも、翌年19歳のときにすぐそのタイトルを失うのですよ。それから2年間ぐらいは結構ずっと振るわない感じだったんですよね。でも、なぜかよくわからないのですけど、2年くらい経った後から突然勝ち始めたのです。それは何がきっかけかというのはよくわからないのですが。」(「羽生善治竜王と藤井聡太六段 普通の子供が天才になる11の『思考ルール』」 橋井歩 著 双葉社)

羽生九段自身にもあまり自覚がなかったようだが、指し手を試しているという様子は、谷川九段だからこそ「顕著に」見えたのではないかとも思う。

別記事でとりあげる羽生九段の著書「決断力」には、羽生九段の側からみた、谷川九段との関係について触れられている部分があり、お互いに対する理解と尊敬が感じられる。

Number 1010号 「藤井聡太と将棋の天才」

話題の雑誌をついつい買ってしまった。

Number 1010号「藤井聡太と将棋の天才」 文藝春秋 2020年9月3日

Amazonのレビューには厳しい評価もわずかにあるが、将棋通でもなく、Number のスポーツ誌としてのあり方にも特段思い入れのない自分にとっては、十分面白かった。

先崎学九段の特別エッセイ「22時の少年。羽生と藤井が交錯した夜」では、漫画「3月のライオン」の出版社が企画した2017年3月の生放送イベント(漫画にちなんだ「第零期獅子王戦」)の際の先崎九段の印象が語られている。先崎九段の印象が当たっているのかは分からないが、同じ年の12月に竜王位を獲得し永世7冠を達成した際、羽生理恵さんが、このイベントに触れて「あの日何かが変わりました」とツィートしているのを発見し、もしかしたら???という気もする。

思った以上に読みでがあったので、損したという感じはしなかったし、藤井二冠に関する記事以外の記事もよかった。

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