最近ふと読み直したアガサ・クリスティーのミステリ 「杉の柩」
杉の柩 1976 早川書房 原題 SAD CYPRESS 1940
2004年に同じ早川書房から出版されたクリスティー文庫版ではカバーは一新されている。
あらすじ
裕福な老婦人ローラが門番の娘メアリイをかわいがっており、教育費を出し、習い事もさせたりしてきた。ローラが発作の後亡くなり、遺言書がなかったことからローラの姪のエリノアが相続人として財産を受け継ぐこととなった。また、エリノアは、ローラの亡夫の甥ロデリックと婚約の間柄だったが、エリノアだけが財産を受け継ぐことやロデリックがメアリイに恋するようになっていたことから、婚約を解消した。その後、メアリイが不審な死を遂げ、状況からエリノアが殺害したとして起訴される。ローラの主治医であったピーター医師はエリノアに好意を抱いており、エルキュール・ポアロに、エリノアの無実を示す証拠を発見するよう依頼する。はたして真相はいかに。
香りのよいピンクのバラ
ポワロが、ピーター医師とともに犯行現場やその周辺を見に行った際、ロッジのそばに植えられているピンクのバラの名をつぶやく場面がある。
いぶかしがるピーター医師に、ポアロは、エリノアと面会したときにバラの話をしていたことを語る。ロデリックはヨーク家の白バラが、エリノアはランカスター家の赤バラが好きだったと。
この場面でポアロがつぶやいたピンクのバラの名は、ハヤカワミステリ文庫では、「ゼフィライン・ドローイン」と訳されている。
以前は読み流していたが、最近は、読んだ本にバラの名があるとどんなバラか気になるので調べてみた。ゼフィライン・ドローインではうまく検索に引っかからなかったので、適当に検索語を変えてみると、バラの品種名としては、日本では ゼフィリーヌ・ドルーアン の名で流通していることがわかった。
ゼフィリーヌ ドルーアン Zephirine Drouhin 1868年 ブルボン
フランスで作出されたオールドローズで、香りのよいバラのようだ。耐病性はやや弱いが樹勢が強いらしい。ゼフィリーヌ ドルーアン で検索すると、画像も見られる。文中の「ピンク」という表現からイメージしたよりも、濃いピンクの華やかなバラだった。
このように、さりげなくバラの名称が文中に出てくるということは、出版時のイギリスの購読者層にはそこそこバラの知識があり、バラの名から「あのバラね」とイメージできたということだろうか。
白バラと赤バラ
それにしても、翻訳小説などを読むと、「バラ戦争」に言及されることが時々ある。白いバラ、赤いバラといえば、自然にバラ戦争が連想されるのかもしれない。
バラ戦争とは、15世紀中頃から約30年間にわたる、ランカスター家とヨーク家によるイングランド王位をめぐる権力闘争である。ランカスター家は赤バラ、ヨーク家は白バラをシンボルとしていたとして、後世になってこのように呼ばれるようになったようだ。
バラ戦争終結後、ヘンリー7世は白バラと赤バラを組み合わせたテューダーローズをシンボルとして採用し、これは現代でもイングランドのシンボルとして紋章の一部などに使われている。ベルギーで作出された、白地にピンクの混じった、ヨークアンドランカスターというオールドローズもある。
ヨーク アンド ランカスター York and Lancaster 1576年以前 ダマスク
今も流通しており、香りのよい、丈夫なバラと紹介されている。誰かが名付けたのか、いつからか自然にこの名で呼ばれるようになったのかわからないが、なかなか気のきいた名だと思う。
私が、「バラ戦争」を初めて知ったのは、アストリッド・リンドグレーンの「カッレ君の冒険」を読んだときのことだ。バラ戦争がどんな戦争なのかはさっぱりわからなかったが、スウェーデンの子供たちが、赤バラ軍と白バラ軍に分かれて遊んでいるのが楽しそうだった。日本で言うなら、さしずめ源氏と平家ごっことでもいうところか。
今考えると、スウェーデンの子供が15世紀イングランドの王位を争う権力闘争ごっこをしているのは不思議な気もするが、「バラをシンボルとして戦ったというバラ戦争」の呼称には、どこか想像をかき立てるところがあるのかもしれない。
バラ戦争をモチーフとした小説もあるので、読んでみたい。
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杉の柩 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)