読むものがなくなると、アガサ・クリスティーを読んだりしているのだが、短編集「教会で死んだ男」の中の「潜水艦の設計図」を読んだときに、シャーロック・ホームズでも海軍関係の文書をめぐる話があった気がした。調べてみると、「シャーロック・ホームズの回想」の中の「海軍条約文書」だとわかり、再読してみた。
子供の頃読んだのは新潮文庫だったと思うが、今回は、光文社文庫版を読んだ。光文社文庫版では、ホームズ物が英国の月刊誌「ストランド・マガジン」に掲載された当時の挿絵の一部が使われている。
この短編集は日本では、新潮文庫、早川書房、創元推理文庫、角川文庫など様々な出版社からそれぞれ別の翻訳で出ている。初出から100年以上たった2000年以降になっても、新訳が出ているとは。
The Memoirs of Sherlock Holmes 1893 アーサー・コナン・ドイル
シャーロック・ホームズの回想 光文社文庫 2006年 翻訳 日暮雅通
シャーロック・ホームズの思い出 新潮文庫 1953年 翻訳 延原謙
回想のシャーロック・ホームズ 創元推理文庫 1960年 翻訳 阿部知二 新訳版 2010年 翻訳 深町眞理子
シャーロック・ホームズの回想 岩波文庫 1963年 翻訳 菊池武一
シャーロック・ホームズの回想 早川ミステリ文庫 1981年 翻訳 大久保康雄
シャーロック・ホームズの回想 角川文庫 2010年 駒月雅子
あらすじ
ホームズは首尾よく事件を解決するが、短編ミステリの紹介は書きすぎるとよくないのでここまでにしておく。
モス・ローズ
それはそれとして、今回の再読では、なんとホームズがバラを愛でる場面に遭遇してちょっと意外だった。以前読んだときにはまったく気にとめていなかったところだ。
それは、ホームズとワトソンがパーシー・フェルプスの屋敷を訪れて話を一通り聞いた後の場面で、ホームズは唐突に窓辺のバラに目をとめて、事件と関係のない話を始める。その唐突さとホームズの意外な一面には作中のワトスンも驚き、依頼者パーシーの婚約者がいらだつほどである。
そのバラは、モス・ローズ。文中では「コケバラ」と訳されている。オールド・ローズの一つで、つぼみを覆うガクや花茎が細かい腺毛に覆われ、それが苔(コケ)のように見えることからこのように呼ばれるようになった。その多くは、18世紀頃にロサ・ケンティフォーリアから突然変異で生まれた品種とされ、ヴィクトリア朝の英国で人気があったという。
では、モス・ローズのうちのどの品種だろうか。光文社文庫版でホームズがバラに言及する場面には、「深紅と緑に彩られた美しい庭」という描写があり、この部分は創元推理文庫の新訳版も参照したところ、バラ自体を「真紅と緑色」としている。これらの表現からすると、モス・ローズの中でも濃い赤系統のものだろう。短編の初出が1893年であることからすると、1958年作出の「ブラック・ボーイ」ではない。ピンク~ラヴェンダー系の色合いの多いモス・ローズの中で濃い赤に見える品種はある程度絞られてくると思うが、その中でも、色合いや花形や樹形から、場面に合いそうなバラを、独断で一つ挙げてみることにする。
スヴニールドゥピエールヴィベール Souvenir de Pierre Vibert 1867年 フランス
Souvenir de Pierre Vibert の画像はこちら
ピエール・ヴィベールはフランスのバラの育種家らしい。
一季咲き、中輪の美しいバラだが、いかがだろうか。
ホームズ再読のきっかけ「潜水艦の設計図」
シャーロック・ホームズの「海軍条約文書」の次の一節を読んだとき、何となく、アガサ・クリスティーの「潜水艦の設計図」は、このあたりから着想を得たのかななどと勝手な想像をしてしまった。
「(前略)この事件によって利益を得るのはだれか? フランス大使がそうだし、ロシア大使もそうだ。彼らの文書を売りつけようという人間だってそうだ。それに、ホールドハースト卿がいる。」
「ホールドハースト卿だって!」
「そうだとも。政治の世界では、ああいった文書が偶然紛失してしまうことによって、かえって立場が有利になるということも、ありうるからね。」
「海軍条約文書」 シャーロック・ホームズの回想 光文社文庫 翻訳 日暮雅通 より
「潜水艦の設計図」 原題 The Submarine Plans
短編集「教会で死んだ男」所収 原題 SUNCTUARY AND OTHER STORIES アガサ・クリスティー 1951 早川書房 2003
アガサ・クリスティーの「潜水艦の設計図」はポアロもので、潜水艦の設計図面が盗まれる話である。こちらも首尾よく解決されるのだが、犯人も動機もひねりをきかせてある。