ポアロのクリスマス クリスマスにミステリーを

クリスマスツリーの飾り
クリスマスツリーの飾り

アガサ・クリスティーは、毎年12月に新作を発表するのが常で、出版社は「クリスマスにクリスティーを」というコピーで売り出していたらしい。

というわけで、クリスマスにちなんだミステリーの紹介の第1冊は、アガサ・クリスティー、「ポアロのクリスマス」。

ポアロのクリスマス HERCULE POIROT’S CHRISTMAS アガサ・クリスティー 1939

早川書房 クリスティー文庫 2003年

あらすじ

クリスマスをともに過ごすため、ゴーストン館の主人、シメオン・リーの元に、何年ぶりかで一族のみなが集まることになった。シメオンと同居している長男のアルフレッドとその妻リディア、シメオンの他の息子たち、ジョージとその妻マグダリーン、デヴィッドとその妻ヒルダ、独身のハリーと、シメオンの孫娘ピラールである。さらに、シメオンの旧友の息子スティーヴン・ファーも訪れ、滞在することとなった。

12月24日のクリスマス・イヴの夜、恐ろしい叫び声と激しい物音がし、鍵のかかったシメオンの部屋の扉を破って入ると、そこには殺されたシメオンの姿があった。犯人は一族の中にいると思われたが、サグデン警視の綿密な捜査にもかかわらず、なかなか判明しない。たまたま州の警察部長のもとを訪れていたエルキュール・ポアロは捜査の当初から協力していたが、シメオンの長男アルフレッドからも真相を究明するよう依頼される。

クリスマスらしさは?

ミステリーとしては、いわゆるパズラータイプではなく、綿密なトリックとそれを解く鍵が論理的に提示されているわけではない。犯行の動機も、やや苦しいような気もする。しかし、さすがアガサ・クリスティー、ストーリーとしてはなかなか読ませる展開である。犯人の意外性もあり、再読すると仕掛けに気づくところがいくつもあるのも面白い。

強烈な個性をもった当主とそれに隷属する一族というのは、クリスティーの作品では、「ねじれた家」や「死との約束」にも現れる。当主に財産が集中していた時代には、そういう関係は時々見られたのかもしれない。病的なレベルになると、機能不全家族の一種といえるかもしれない。

題名にクリスマスとある割には、この作品にはクリスマスの雰囲気はあまりないように感じる。一族はクリスマスのために集まるのだが、事件はクリスマスの前に起こってしまうのでクリスマスプディングなども出てこない。

しかし後書きに、ディケンズの「クリスマス・キャロル」の要素があると指摘されており、クリスマス・キャロルも再読してみた。

クリスマス・キャロル 1843 チャールズ・ディケンズ

1843年に出版された、イギリスの文豪チャールズ・ディケンズの有名な作品。翻訳はいろいろあるが、岩波少年文庫(1950年)の村山英太郎訳を読んだ。原文を公開しているサイトもある。

クリスマス・キャロル

あらすじ

強欲で冷酷なスクルージは、クリスマスを前にしても、訪れた紳士からの寄付の依頼は断り、雇っている事務員クラチットにも冷たく、甥のフレッドからのクリスマスの食事の誘いも断ってしまう。その夜、数年前に亡くなった共同経営者マーリの幽霊が現れ、吝嗇や強欲の報いを死後に受けていること、善行をしたくても死後にはできないことを話す。このままだとスクルージも同様の運命のはずだが、まだそれを免れる機会も望みもあるので、この後に訪れる3人の幽霊(ゴースト)を待つようにと言い渡し、亡霊は去る。その後訪れた1人目のゴーストから見せられたのは、苦労していたがまだ純粋であった若い日の自分やかわいい妹の姿、最初の奉公先の主人の寛容な振る舞い、その後徐々に強欲にむしばまれていき婚約者から別れを告げられた場面など。2人目のゴーストからは、様々な家庭のクリスマスの様子を見せられる。その中には、事務員のクラチットの家庭の幸せそうな様子もあるが、病弱な末っ子ティムは早世する運命であることを知る。3人目のゴーストからは、強欲で悪名高かった人物が死んだこと、その死者の毛布や衣服まではがれて古物屋に持ち込まれる様子、その人物の死を喜ぶ人はあれ誰も悲しまない様子や、墓石にスクルージの名が刻まれている様子を見せられる。スクルージは、1人目のゴーストの訪れから既に自分の強欲、冷酷さ、無慈悲さを後悔し、生活を改めたいと感じるようになり、3人目のゴーストが去る頃には、固い決意となっている。目が覚めるとクリスマスの朝。スクルージは改心の機会を与えられたことを喜び、クラチット一家に太った七面鳥を贈る手配をし、偶然再開した紳士には失礼を詫びて寄付の申し出をし、甥のフレッドの家を訪れてクリスマスを一緒に過ごす。翌朝、出勤したクラチットに、給料を上げ、家のことも助けることを提案する。そして、語り手が、スクルージがすっかり改心したことを述べて終わる。

ディケンズは、「クリスマス・キャロル」の執筆に随分力を入れたようであり、また、当時の英国社会もこの小説から随分影響を受けたようである。

クリスマス・キャロルはクリスマスの頃に歌われるキリストの誕生に関する歌である。「クリスマス・キャロル」という題名は、小説の導入部で少年がスクルージに向かって歌う一節からきている。

God bless you, merry gentlemen! may nothing you dismay!

(A CHRISTMAS CAROL  by Charles Dickens)

この一節は、「God Rest Ye Merry, Gentlemen」というクリスマス・キャロルの歌詞

God rest ye merry, gentlemen, Let nothing you dismay,

を少しひねったもののようだ。この歌は日本では、「世の人忘るな」という賛美歌として知られている。

シメオン・リーはスクルージ?

「ポアロのクリスマス」の被害者シメオン・リーは、息子に経済的援助をしてやったりと、スクルージのように吝嗇なところはない。しかし、妻の生前には虐待し、息子たちには失望していることを隠さないばかりか、クリスマスを前にして息子たちの間の不和をあおって喜ぶなど、その言動は慈愛に満ちたものとは到底いえない。そして、それを改めることもなく殺されてしまう。スクルージの裏返しと言えるかもしれない。

クリスマスを前に高まっていたシメオンの息子たちの間の不和と緊張は、シメオン・リーの死と事件の解決を機に、平和に収まっていく。ディビッドは父への恨みと母への執着から解放され、アルフレッドとハリーは一応の和解をして別々の生活へと進み、議員のジョージ夫妻も遺産により経済的危機を回避できる。ピラールとスティーブンも新天地での新しい生活へと踏み出す。

一族の再生を示した結末は、やはりクリスマス・ストーリーらしいといえようか。

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