世間の注目を集める将棋の藤井聡太二冠の活躍に刺激され、何冊か本を読んでみた。本の感想その2。
「決断力」 著 羽生善治 角川Oneテーマ21
羽生九段がどのように「決断」しているかについては、本書を読んでいただくとして、羽生九段自身の経験やものの考え方のほか、席次問題や大山康晴十五世名人の思い出などのエピソードも興味深い。2005年の出版であるが、長く読まれている本である。
「決断力」 著者 羽生善治 角川Oneテーマ21 2005年7月
「はじめに」のところで、1994年の四冠時の順位戦(A級)で、中原永世十段、谷川浩司王将(当時)との対局で上座につき物議を醸し、世間から非難され「本当に真っ暗闇の道を一人で歩き続けている気持ちだった。」と書かれている。初挑戦で名人位を獲得したことで苦難の時期は終わったというが、いつも自信に満ちて見えた羽生九段が、初タイトル獲得後に上座問題で毎局のように悩んでいたというのも意外だったし、上座問題で非難を受けて苦しんでいたというのもやや意外だった。
こういう上座問題が生じたのは、順位戦では前年の成績で席次が決まるという慣習があったことや順位戦はタイトルとは別という意識があったなど、席次の曖昧さがあったことによるようだが、今は、席次が明確に決まっていて、順位戦でもこういう問題は生じないらしい。
話はそれるが、2000年9月の順位戦で藤井二冠と対局した谷川九段の頭には、1984年や1994年の上座問題が思い浮かんでいたかもしれない。メディアでは、先に対局室に来て下座についていたのは、谷川九段の気遣いではないかと報道されている。
本書の内容に戻ると、羽生九段が、「大山先生が六十九歳でなくなる二年前。ガンの手術をしたあと、必敗の将棋を夜中の二時まで粘りに粘って、最後に催眠術のようなものを使って逆転勝ちしたことがある。」と述べている部分がある。「催眠術のようなもの」というのが、何だかものすごい。
大山十五世名人が必敗の将棋を粘りに粘ったというあたりは、何となく、Number 1010号で読んだ、羽生九段が森下九段と対局した第53期名人戦(1995年)第1局の、羽生九段の逆転勝ちを連想する。
羽生九段は、自分の欠点についても著書の中で述べている。「私の将棋にももちろん、欠点はある。」、「企業秘密なので言わないが、自分ではわかっている。自分でわかっているのだから、その欠点も消すことができるかというと、それは難しい。たとえば、いまトップで争っている人たちは、欠点を裏返すと、それがその人の一番の長所であったりする。だから、それを消そうとすると、また別の欠点が出てくるのである。」。
羽生九段の欠点については、谷川九段も著書「中学生棋士」の中で、「羽生さんの弱点はどこにあるか。これは私にとっては『企業秘密』で、詳しくは書けないことでもあるが『こちらの誘いに乗ってくれる』というところはある。」と述べている部分がある。
羽生九段は、「谷川さんとは、対局から離れるとほとんど話をする機会はないが、最も理解し合い、信頼し合える関係だと自負している。」とも述べており、お互いに対する尊敬と信頼が感じられる。
結果を出し続けるために 著 羽生善治 日本実業出版社
2010年7月に行われた羽生九段の講演、「結果を出し続けるための3つの秘策」を元にした本。
結果を出し続けるために 著 羽生善治 日本実業出版社 2010年
目からウロコというような内容ではないと思うので、驚きの秘策!のようなことを期待して読むと少し肩すかしかもしれない。
誰だって報われない努力はしたくない(第一章)、ツキや運に一喜一憂しない(第二章)、気分や体調の浮き沈みがあるのが前提だと考える(第三章)、結果は100%受け止めてから次に進む(第三章)、ミスへの対応(第四章)などなど、地に足のついたというか、長年結果を出し続けてきた、羽生九段の日々の過ごし方、気持ちの持ち方などが述べられている。
成功し結果を出す人には、能力もあり運も味方にするという面もあると思うが、一発で終わるのではなく結果を出し「続ける」には、能力や運に頼るだけでなく、自分をよく知り、社会の変化にも対応していくという、という毎日の積み重ねも重要なのだろうと思う。
将棋や対局についての考え方も、興味深かった(以下、「・・・」は本書の引用部分)。
例えば、プロの間では相手の狙いを消しあう手を指すことについて、羽生九段は、「自分の思うとおりにならないからこそ、魅力があるとも言えるのです。」と述べられている。
また、「将棋の世界には『不調も三年続けば実力』という言葉があります。自分自身が『自分には実力があるが、今は調子が悪いだけだ』と考えていたとしても、三年も結果を出せなければ、それが本人の持っている実力である、という結構シビアな言葉です。」と、自分をごまかさず自分の状態を見極めること、結果が出るまでの過程や要する時間を過去の経験から見極めることの重要さも述べられている。
「人が努力をやめてしまうのは、努力に対してかけた時間、労力に見合う結果が得られるかどうかに対して、不安になるからではないでしょうか。」、「実力を発揮するうえで、緊張よりも悪いのが『やる気がない状態』です。」、「打たれ強さや、気持ちを切り替える力というメンタルな面は、棋士にとっては必須の資質です。」、「短期的な順位や結果には、一喜一憂しないようにしています。」などは、棋士に限らず、自分でも思い当たることである。