食洗機 ガゲナウ GAGGENAU DI260-411 感想

GAGGENAU DI260-411
GAGGENAU DI260-411

家で使っている食洗器は、ガゲナウ GAGGENAU  DI260-411。幅60㎝。2015年購入。

2019年2月時点の最新機種 DI260-460、DI260-461 よりもいくつか前のモデルであるが、何かの参考になればと思い、選んだ経緯や、使用感を紹介する。

ガゲナウ導入までに使ったことがある食洗機は、パナソニック製の幅45㎝、フルオープン型ビルトインタイプ。INAX(当時)のシステムキッチンのオプションである。

パナソニックの食洗機は、フルオープン型と言っても引き出し型で、入れられる食器の数量は外国製ほど多くはなく、また、軽く汚れを落としてから入れた方がきれいになるという一手間がかかる。鍋やボウルは入らないことが多く、食器だけ入れて調理器具は手洗いということもある。それでも、全部洗うよりは断然ラクではある。乾きがよいことと、「スピーディー」コースを選ぶと、すすぎ終了まで約10分(給湯温度60℃の場合)と短時間で終わるのはよい点である。

GAGGENAU 導入まで

最初からガゲナウの食洗機にしようと考えていたわけではなく、国内メーカーも含めていろいろ検討してみた。ミーレのブランドイメージが好みな人はミーレで即決なのだと思うが、そこまで思い入れがあるわけではないので、あれこれ迷った。

まず、容量が大きい方がよかったので国内メーカーは候補から外し、外国製のうちアスコは情報が少なかったので候補から外した。また、当時は、AEGの食洗機はカトラリートレーの導入前、ボッシュの食洗機は日本市場から撤退していた時期。機能や使い勝手を考えると、ミーレかガゲナウかと、2社に絞ることになった。AEGがカトラリートレーを導入し、ボッシュも市場参入し、各メーカーの特徴や使い勝手の情報も格段に増えている今だと、もっと迷いそうである。

ミーレとガゲナウの食洗機は、どちらもデザインも機能も申し分なさそうだった。どちらのショールームにも行ってみて(ガゲナウのショールームは、移転前の岩本町のアットホームなところ)、実物を見て、スタッフの説明も聞いたところ、大きく以下の点が異なるようだった。

  1. ミーレの方が商品のラインナップが多い。ガゲナウは当時は幅45㎝と60㎝各1機種。
  2. ミーレは洗浄終了後、ドアが少し開き蒸気を逃がして乾燥しやすくする機能付きの機種がある。
  3. 設置必要寸法が異なる。
  4. ミーレは基本的に値引きしない方針。

3.の設置寸法については、ガゲナウの方が少し高さがあり、日本製のシステムキッチンでは設置できない場合があるようだった。設置条件は基本的なことだが、思い違いや、設置場所の設計変更等で後から変わることなどもあるので注意が必要である。

2.のミーレのドアが少し開く機能はよさそうだったので、気持ちが傾いたが、4.の価格面で値引きがあるガゲナウも魅力的だった。

ちなみに、ミーレのショールームのスタッフからはカタログ以上の説明はあまり聞けなかったが、ガゲナウのショールームのスタッフは、自宅でも使っていて不満はないという話だった。ガゲナウのショールームで乾燥の機能についても聞いてみたところ、外国製は温風で乾かす方式ではないため、日本製ほどは乾かないということ、樹脂製品など乾きにくい物もあるが特に不便は感じていないということ、ドアを開けて蒸気を逃がすのは一つの方法だが、周辺に蒸気に弱い建材が使われていないかは注意した方がよいという話であった。

最終的には、機能面の違いと価格差では、価格重視でガゲナウに決定。幅は45㎝で考えていたのだが、夫が「60㎝の方がよいのでは」と言うので、60㎝に決定。これも、ショールームの人に「大きすぎないか」聞いてみたが、調理器具はかさばるし、休日や来客のときなど洗い物は増えるので、大きすぎるという心配はいらないのではないかという話だった。

なお、ガゲナウは、その後のバージョンアップで「ゼオライトヒーター」という機能により乾燥面が強化され、今はゼオライトヒーターのある機種とない機種がある。

ガゲナウの総輸入販売元 株式会社 N.TEC のサイトはこちら

ミーレジャパンの公式サイトはこちら

使用感は

ガゲナウの食洗機では、最初は、どこにどういう風に食器を入れるか迷ったりしたが、使っているうちに慣れてきた。上段はカトラリートレイ、下段は皿を立てて入れる仕切りがあり、飯碗や小鉢などいろいろな形の食器は中段にたくさん置くことができる。中段の位置は変えることができ、中段に多く載せるときは位置を少し下げたり、逆に下段に大皿を入れるときは、中段の位置を少し上げることもある。

GAGGENAU DI260-411 中段のバスケット

GAGGENAU DI260-411 中段のバスケット

洗い物の入れ方で注意が必要なのは、樹脂製などの軽い容器が水の勢いでひっくりかえって上を向かないようにすることである。ひっくり返らないように、バスケットについている部材で押さえたり、重さのある別の容器で押さえたりしている。飯碗や小鉢などの糸底にも水がたまりやすいので、なるべく傾けて置くとよい。

容量はかなり入る。3人家族には大きすぎないか気になっていた点は、使ってみると心配無用だった。鍋やボウルなども何個も入るし、1日分をためておいてまとめて洗えるので、結構一杯になる日もある。来客があり、食器をたくさん使ったときも、全部入ってよかった。45㎝と60㎝では、価格差と便利さを考えると可能なら60㎝幅がよいように思う。

乾燥については、最初の頃、リンス剤を入れずに使ったときには乾きが悪かった。樹脂製のザルや保存容器などは、殆ど乾かないこともあったが、リンス剤を使うと、樹脂製品でも乾きがよくなる。リンスを使う分量は調整できるので、少なめに設定しているが、問題なく乾く。

洗剤はフィニッシュのパウダータイプ、リンス剤もフィニッシュを使っている。

運転モードはオートが温度別に3コース、エコモード、スピーディ、予洗い、があるが、運転時間はどのモードでも長めである。スピーディーコースでも50分くらいはかかった。我が家では、食器をためておいて夜洗うので、終了までの時間がかかるのはあまり気にならない。

ためておいて洗うという場合、よく使う食器などは多めにあった方がよい。例えば、一日三食家で食べて、毎食ごはんとみそ汁なら、飯碗と汁椀は3セット分は必要になる。

運転音は静かで、音が気になったことはない。食器を入れて、ほかに入れる物がないか確認してから後でスタートしようと思って、スタートさせるのを忘れてしまうことがある。

操作パネルはスタートボタンも含めて、ドアの上部にあり、ドアを閉めると見えない。運転を中断するボタンはなく、ドアを開けると止まるようになっている。操作パネルがドアを開けないと操作できない場所にあるので当然と言えば当然なのだが、運転開始後に洗い物を追加しようとして、どうすればよいのかとまどったことがある。ドアを少し開けて、運転が止まったのを確認してから、ドアを広く開けてトレイを引き出して入れたいものを入れればよい。

食洗機に洗い物を入れたり、設定を調整するのは、夫がやってくれることが多い。どの運転モードがよいかとか、リンス剤をどこまで減らせるかなど、実験感覚のようだ。家電関係は、男性も興味がわくのかもしれない。

食洗機は便利

どのメーカーを選ぶにしても、食洗機があると、やはり便利である。疲れていたり体調が悪いときには、食事の後に食器を洗うのが苦になるし、休日に家で三食作って食べると食器洗いも何度もしなければならないが、食洗機に入れるだけでよいのはラクである。毎回食器を洗いたい、短時間で洗い終えて食器をしまうところまでやりたい、入らない物を手洗いするのは苦にならないという人には、国内メーカーの食洗機が候補になると思う。

身体的にラクなだけでない。自分で洗うとなると、「余分に皿を使わないように」と考えたり、のんびり食べている人を急かしたくなったり、あまり汚れていない皿と油汚れのひどい皿を重ねられるとイラっとしたり、夫が洗ってくれる場合でもなかなか取り掛からないと気になったりするが、食洗機があると、そういった余計なイライラなどが減り、気分的にもラクになる。

どのメーカーの製品を選んでも高価な買い物ではあるが、ビルトイン食洗機の耐用年数は一般に約10年と言われており、毎日の洗い物の負担や家事代行サービスを利用することとの比較で考えると、導入する価値は十分にあるように思う。

余談

あまり汚れていない皿と油汚れのひどい皿を重ねられるとイラっとすると上に書いたが、今は食洗機が洗ってくれるのであまり気にならない。それはともかく、そういうことがある度に、以前読んだ、ルース・レンデルの「ロウフィールド館の惨劇」を思い出すのだ。

ロウフィールド館の惨劇 A JUDGEMENT IN STONE 1977年 ルース・レンデル 訳 小尾芙佐 1984年 角川文庫

ストーリーは、レンデルらしく変人が登場する何ともいえない展開なのだが、作中、家政婦のユーニスが夕食の片づけをするのをその家の娘が手伝う場面がある。

それにはユーニスも驚いたし、また迷惑千万でもあった。八時からはじまるロスアンゼルスの警官シリーズが見られるように急いで皿を洗ってしまいたかったのに、この大変なお転婆娘がひょこひょこ手を出して、グレイビーのくっついているお皿とグラスをいっしょくたにしてしまった。ユーニスは口もきかなかった、口なんかきくものか、そうすればこの娘も察しがついて引きあげていくだろう。      (ロウフィールド館の惨劇)

アガサ・クリスティーの「予告殺人」でも似たような場面があったような気がして読み直してみたら、「予告殺人」では、オムレツ用と決めているフライパンで別の人が玉ネギを炒めたから洗わなければならなくなったと言ってメイドが憤慨する場面だった。

「ロウフィールド館の惨劇」のユーニスは、読み書きができないのがコンプレックスであったのだが、「読み書きができない人物」の話というと、サマセット・モームの「会堂守」を思い出す。短編集「コスモポリタンズ」の一編である。

コスモポリタンズ Cosmopolitans 1936年 サマセット・モーム 瀧口直太郎 1994年 ちくま文庫

聖ペテロ教会の会堂守を長い間務めてきたアルバートは、読み書きができないことがばれて、新任の牧師から解雇される。終身の職だと思ってきたのに解雇されてしまったアルバートのその後は。

こちらは、後味のよい一編である。

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