デビッド・オースチンのバラにウィリアム・モリスという美しく丈夫な品種があり、我が家でも育てている。このバラの名の由来となったウィリアム・モリスは19世紀イギリスでデザイナー等として活躍していた人物であり、そのデザインによる壁紙や生地は今でも入手することができる。
気に入っている壁紙の一つ、ウィリアム・モリスの壁紙ウィロー(Willow)。
ウィリアム・モリスのガーデン・クラフト(Garden Craft)も結構好き。
ウィリアム・モリスの壁紙は、Morris & Co. のウェブサイトでたくさん見たのだが、見ているうちに、以前読んだ短編集「ミス・マープルと13の謎」の中に、
壁紙に描かれた花の色が変わる話
があったのを思い出した。
ミス・マープルと13の謎 アガサ・クリスティー 1960年 創元推理文庫
原題 MISS MARPLE AND THE THIRTEEN PROBLEMS 1932年
同じ短編集は、ハヤカワ文庫からも「火曜クラブ」(2003年)のタイトルで出ている。
ミス・マープルと13の謎
「ミス・マープルと13の謎」は、夕食会の客がそれぞれ自分が知っている事件の話をし、捜査活動ではなく会話の中でその謎を解いていく、いわゆる「安楽椅子の探偵」の枠組みの短編集である。謎解き自体は大がかりなところはないが、ミス・マープルが一見関係のない村の人のエピソードを話し出し、他の人が「?」となる雰囲気など、タネが分かって読んでも楽しめる一冊である。
前半6編は、ミス・マープルの家に滞在しているおいのレイモンド・ウェストとその友人らが火曜日の夕食会で謎解き話を楽しむ。田舎の村の世間知らずな老婦人とみなされていたミス・マープルは、どの謎も見事に解き明かし、徐々に一目置かれるようになる。
後半6編は、バントリー大佐の家の夕食会での話である。前半に登場していた前警視総監のサー・ヘンリー・クリザリングが友人のバントリー大佐の家に滞在中、夕食の客としてミス・マープルも呼ぶようにバントリー夫人に提案する。夕食の席で持ち出された謎解き話を、またもミス・マープルが解き明かしていく。壁紙の花の色が変わる話は、この後半6編のうちの1編、「青いジェラニウム」である。また、「バンガロー事件」は展開に趣向が凝らされており、この短編集が単調にならずに済んでいる。
最後の1編「溺死」は、また別の機会にサー・ヘンリーがバントリー大佐の家に滞在していた際に起こった事件である。ミス・マープルはいち早く犯人を突き止めるが証拠がなく、サー・ヘンリーのもとを訪れて、サー・ヘンリー自身が捜査に関与してくれるよう依頼する。
サー・ヘンリーがその推理能力を高く評価するミス・マープルが警察関係者の間で名の知れた存在になっていくことは、他の長編のいくつかでも言及される。
青いジェラニウム
ミス・マープルと13の謎の後半6編の1話目。夕食会のしばらく前にバントリー大佐の友人に起こった事件。
バントリー大佐の友人であるジョージ・プリッチャードの妻が急死した。死の前に、プリッチャード夫人は、占い者ザリダから青い花は命にかかわると言われていた。夫人が亡くなった朝、壁紙のジェラニウムの花が青色に変わっていた。殺人の証拠は見つかっていないが疑惑は残ったままである。
ミス・マープルは、たちどころにこの謎を解いて見せるのであるが、この話の中で重要な小道具となっているのが、プリッチャード夫人が普段過ごしていた部屋の壁紙である。
草花の柄の壁紙
作中、ガーデニングには目のないバントリー夫人が説明したところでは、次のような壁紙である。
「いろいろな草花が描かれてある新しい壁紙で張ってありました。その部屋にいるとほんとに花園の中にいるような気がするんですのーもちろんまちがいだらけの花ですけれどね。そんな花が一どきに咲くわけはないんですものー」
「つりがねそうと水仙とのぼりふじとたちあおいとゆうぜん菊とがいっしょになって咲いてるなんて」 (以上、引用)
ウィリアム・モリスの壁紙のデザインにも、いろいろな花が咲いているものがある。初期の「デイジー(Daisy)」や、1874年の「ゆり(Lily)」は、4種類の花が並ぶデザインである。このうち、つりがねそうとゆりとキクの一種とフウロソウのような花が並ぶ「Lily」は、どことなくバントリー夫人が描写する壁紙を思わせる。このデザインは、現在壁紙としては販売されていないようだ。
「ミス・マープルと13の謎」がイギリスで出版されたのは1932年、短編が雑誌に掲載されたのはその数年前である(あとがきより)。ウィリアム・モリスが設立したモリス商会(Morris &Co.)はまだ存続していたものの、活動の最盛期は既に過ぎていた頃だ。しかし、1890年生まれのアガサ・クリスティーは、ヴィクトリア朝(1837年~1901年)のインテリア様式を見て育ったと考えられ、この短編を書く際にもウィリアム・モリスなどの壁紙のイメージがあったのではないかと想像すると楽しい。
アガサ・クリスティーは、ミス・マープルが登場する他の作品、長編の「スリーピング・マーダー」でも草花の柄の壁紙を印象的に用いている。
ちなみに、モリス商会は1940年に閉鎖し、「Morris & Co.」 は現在イギリスのインテリア関係の企業Walker Greenbank が展開する壁紙・ファブリックのブランドの1つとなっている。
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ミス・マープルと十三の謎 (創元推理文庫 105-8)