創元推理文庫で、2018年に新訳版が出た短編集「奇商クラブ」。旧版では、「奇商クラブ」6編のほかに、中編「背信の塔」、「驕りの樹」も併録されている。
奇商クラブ 原題 THE CLUB OF QUEER TRADES 1905 創元推理文庫 1977 訳者 中村保男
作品の紹介
奇商クラブというのは、新しい奇抜な商売をしている人を会員とする集まりであり、6編の短編はいずれも、語り手のスウィンバーンとバジルがふとしたことから奇妙な事柄に関わり合うことになり、それが奇商クラブとつながっていくという話である。
中編、「背信の塔」、「驕りの樹」も独特の味わいの話である。
チェスタトンの初期の作品であり、物語としてもミステリとしても、ブラウン神父譚の方が洗練されているとは思うが、こういう雰囲気は嫌いではない。
それはそれとして、なによりも、「ブラウン少佐の大冒険」を読んだときにちょっと「あ、」と思ったのは、アガサ・クリスティーの「パーカー・パイン登場」との類似であった。
パーカー・パイン登場 PERKER PYNE INVESTIGATES 1934 アガサ・クリスティー ハヤカワ クリスティー文庫 2004
パーカー・パイン登場
前半の6編は、「あなたは幸せ? でないならパーカー・パイン氏に相談を。」という新聞広告を見て事務所を訪れたクライアントの依頼を、パーカー・パイン氏が解決していく話。パーカー・パイン氏は何人かのスタッフを使っているほか、ポアロ・シリーズにも登場するミステリ作家のオリヴァ夫人にシナリオを依頼したりもする。
パーカー・パイン氏は、顧客からの依頼はどんな内容でも引き受け、満足を与えるという事業をしており、「奇商クラブ」の冒頭の一編「ブラウン少佐の大冒険」に登場する P.G.ノースオーヴァー氏の事業を思わせる。特に、「パーカー・パイン登場」の「退屈している軍人の事件」は、「ブラウン少佐の大冒険」の展開や視点を少し変えたような話である。
パーカー・パイン氏自身、奇商クラブの会員でもおかしくない。
パーカー・パイン氏の事件簿や、アガサ・クリスティーの初期の短編、長編には、ちょっとした奇妙なきっかけで事件に巻き込まれていく話があり、チェスタトンの作品の雰囲気がちょっと入っているように思う。チェスタトンの作品へのオマージュか、20世紀初め頃のイギリスにはこういった雰囲気があったのか。
後半6編は、中東などに滞在中のパーカー・パイン氏が殺人事件などに関わって、探偵役として解決するような話が多く、前半とは味わいが少し異なる。
後半6編のうちの「高価な真珠」というのは、ヨルダンのペトラ遺跡を旅行中にアメリカ人大富豪の娘キャロルの真珠のイヤリングが紛失する話であるが、その中のちょっとしたトリックは、なるほどと一瞬思ったものの、実際は難しい気がした(以下ネタバレあり)。
真珠をとった人物は、真珠のイヤリングの片方が落ちていたのを拾ってキャロルに返そうと思うのだが、出来心でそのまま持っていることにしたのだった。見破ったパーカー・パイン氏から真珠を渡すように言われて、経緯を説明する中で「私は彼女にそのイヤリングがゆるんでいるといってやりました。それを私はしっかり締めてやる振りをしたんです。実際にわたしがやったことといえば、小さな鉛筆の先を彼女の耳に押しつけただけでした。」と言うところがある。
イヤリングを締めてやる振りをして、そのときにはまだイヤリングをつけていたと思わせるのは話としては面白いのだが、多分、イヤリングをしている人がつけ直してもらったりしたときは、無意識に手を耳にやって確認するのではなかろうか。そのまんま自分で触りもしないというのは、ちょっとなさそうな気がするのだが。
まあ、実際にはどうかなというトリックでも、ミステリーとして面白いかどうかという点ではあまり気にならないことも多い。「パーカー・パイン登場」も楽しめる短編集である。
収録作品
奇商クラブ
- ブラウン少佐の大冒険
- 痛ましき名声の失墜
- 牧師はなぜ訪問したか
- 家屋周旋業者の珍種目
- チャッド教授の奇行
- 老婦人軟禁事件
背信の塔
驕りの樹
- 孔雀の樹の物語
- 郷士ヴェーンの賭
- 井戸の秘密
- 真相追究
パーカー・パイン登場
- 中年夫人の事件
- 退屈している軍人の事件
- 困り果てた婦人の事件
- 不満な夫の事件
- サラリーマンの事件
- 大金持ちの婦人の事件
- あなたは欲しいものをすべて手に入れましたか?
- バグダッドの門
- シーラーズにある家
- 高価な真珠
- ナイル河の殺人
- デルファイの信託