星の王子さまのバラの品種を考えてみているときに、サン=テグジュペリの妻コンスエロの本「バラの回想 夫サン=テグジュペリとの14年」が出版されていることを知ったので読んでみた。「星の王子さま」に出てくるバラは、サン=テグジュペリの妻コンスエロだという説が有力なようだ。たしかに、このバラは王子さまにとって特別な存在であったし、バラとのやりとりは何となく、実在の女性とのやりとりを思わせるものであった。
バラの回想 夫サン=テグジュペリとの14年 コンスエロ・ド・サン=テグジュペリ 文藝春秋 2000年11月
バラの回想 妻の言い分
「バラの回想」は、コンスエロとサン=テグジュペリとの出会いから結婚生活について、コンスエロの視点から書かれている。
エルサルバドル出身のスペイン系で、2度の結婚歴(2度目の結婚は死別)があるコンスエロとの結婚を、サン=テグジュペリの親族も友人の多くも快く思わなかったようで、コンスエロを受け入れないという空気は結婚後も相当根強くあったようである。サン=テグジュペリの死後、その関係者からは、コンスエロの存在は黙殺されていたようだし、コンスエロは悪妻だったとも言われている。しかし、周囲がどう言っているかと当事者がどう感じていたかは別のことだろう。夫婦のことは、はたからはよくわからないものだ。
「バラの回想」を読んでみての感想は、サン=テグジュペリが予想以上に自由人だったというところはあるが、全体的にはなるほどという印象だった。コンスエロの回想記なので、コンスエロに都合のよいように述べられた部分もあるのかもしれない。しかし、飛行機乗りで作家であったサン=テグジュペリは自分の情熱と理想を追求する人であっただろうと思うし、周囲にはサン=テグジュペリをちやほやしコンスエロを敵視する人も多かっただろう。そんな夫との生活は、コンスエロでなくても大変だったと思う。
サン=テグジュペリの母とコンスエロの交流はあったようだし、サン=テグジュペリが子供の頃からかなり扱いにくかったらしいことを考えると、コンスエロばかりを非難するのはあたらないのではなかろうか。
そんなことを考えながら、以前読んだのだが内容を忘れてしまっていた「星の王子さまの世界」を拾い読みしてみた。
星の王子さまの世界 塚崎幹夫 中公新書 1982年
文中、項目でいうと、「『星の王子さま』に会う」の中の「『愛することを知らなかった』の一解釈」のところで、バラは妻のコンスエロのことだと述べられていた。ああ、ここにも書かれていたのだったかと思い、拾い読みしていったのだが、バラに関する記述の部分の解釈にはちょっと引っかかった。
一言でいうと、「コンスエロに許しを請うとともに、彼女に許しを与えることが目的であった」(星の王子さまの世界 69頁)という解釈なのだが、「許しを与える」というのが、コンスエロが悪妻であったことが前提となっているところにあまり共感できなかったのだ。まあ、私が女性だからかもしれないが。
「星の王子さま」の中のバラが登場する場面
気になったので自分でも、「星の王子さま」のバラが登場する場面を再読し、原文と対訳が載っている本も読んでみた。
フランス語で読もう「星の王子さま」 アントワーヌ・ド・サンテグジュペリ 小島俊明(訳注) 第三書房 2006年
「星の王子さま」の中で、王子さまがバラについて語る部分では、「あの花」と「花」という語が使われている。概ね、原文の代名詞の「彼女」が「あの花」、「花(複数形)」が「花」と訳されているようだ。
口論や感情的な行き違いがあったときに、当人同士なら仲直りできることでも、周囲の口出しによってこじれてしまうというのは、ありそうなことである。まして、周囲の多くの人はコンスエロのことを最初からよく思っていないのである。「あの花のいうことなんか、きいてはいけなかったんだよ。」というときには、感情的になったときのコンスエロの言葉のことを、「人間は、花のいうことなんていいかげんにきいてればいいんだから。」というときには、周囲の女性たちのコンスエロに対する中傷などのことを思い浮かべていたのではなかろうか。
そう考えると、バラが登場する場面は、「コンスエロに許しを与える」というよりは、コンスエロがひどいことを言ったことはあったけれど気にしていないということや、自責の念や愛情をコンスエロに伝えようとしたところなのかもしれないと思った。
「星の王子さま」の読み方や解釈はいろいろあるが、それだけ愛されている本なのだろうと思う。