以前YouTubeで見た、グレン・グールドがベートーベンのピアノ協奏曲5番について「皇帝」について語った映像が、著作権の関係で視聴できなくなっていた。
もう一度見たかったので気になって探していたところ、グレン・グールドのDVDの1つに収録されているのがその映像ではないかと、買ってみることにした。動画の視聴差し止めは効果があったということになるのであろうが、その映像の存在自体が知られなくなってしまいそうなので、著作権者が動画を公開すればよいのにとも思う。
ザ・グレン・グールド・コレクション Vol.11&12 ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル 2008年
このDVDは、1954年から1977年までにカナダ放送協会(CBC)で放映されたテレビ番組をまとめ直したもので、92年にLD-BOXとして、さらにその後2008年にDVD-BOXとして販売されたものの個別販売である。
ザ・グレン・グールド・コレクション Vol.11&12
DVDは1枚で、構成としてはVol.11とVol.12に分かれている。
ピアノ協奏曲5番「皇帝」は、1970年にトロントのCBCで収録された、グールドとカレル・アンチェル指揮、トロント交響楽団の演奏で、Vol.12の方に収められている。この演奏は、このDVDの他にCDも販売されているし、今もYouTubeなどの動画でも見ることができる。Vol.12には「ブリューノ・モンサンジョンの解説」と、「『皇帝』について語るグールド」も入っており、探していた映像だったので、買ったのは正解だった。
「ブリューノ・モンサンジョンの解説」では、グールドとアンチェル/トロント交響楽団の共演に至る経緯が説明されている。イタリアのピアニスト、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリが、トロントでの演奏会の後、翌朝のCBCでの「皇帝」の録音をキャンセルし、困った番組責任者の思いつきで、だめもとでグレン・グールドに電話して代役を頼んだというものである。「5年も弾いていないよ、ちょっと考えさせて」と言ったというグールドは、翌朝9時にスタジオに現れ、無事録音ができたというのだが、何度聞いても驚きのエピソードである。
グールドが電話で「5年も弾いていない」と言っていたその5年前というのは、1966年に、グールドがレオポルド・ストコフスキー指揮・アメリカ交響楽団と共演した録音のことである。
「『皇帝』について語るグールド」では、この1966年の録音のことを語っている。「皇帝」を「ピアノつきの英雄のイメージ」で、ピアノをオーケストラの一部のように弾くというのを説明しながら、グールドがピアノを弾いてみせる様子は、大変興味深い。
DVDでは、グールドの語りの後に、カレル・アンチェル/トロント交響楽団との共演による「皇帝」が収録されている。グールドの「皇帝」についての語りは、この演奏についての説明ではないので、その点は聴くときにちょっと注意した方がよいだろう。
カレル・アンチェル/トロント交響楽団との演奏は、テンポ感も冒頭のピアノの弾き方も一般的な「皇帝」に近い。しかし、ピアノもオーケストラの一部のように弾くというイメージは、この演奏にもある程度現れているように思える。重厚華麗な「皇帝」を好む人にはものたりないかもしれないが、ピアノ対オーケストラというのではなく、ピアノとオーケストラや他のパートとのやりとりが楽しめる演奏になっており、個人的には、かなり好みである。DVDについていた解説には、グールドは、「今回の演奏は素晴らしい体験でした。カレル・アンチェルと共演するのは初めてでしたが、またやりたいと思います。」と述べていたとある。
ベートーベンの「皇帝」は、有名な曲なので聴く機会も多いが、これまではどちらかというと、ピアノ協奏曲の4番の方を好んで聴いていた。それが、グールドとアンチェル/トロント交響楽団との共演を動画で視聴したときに、「皇帝ってこんな曲だったっけ」という意外さがあり、印象に残っていたので、DVDを入手して満足である。
カレル・アンチェルは寡聞にして知らず、この演奏で初めて聴いたのだが、心に残った。派手さはなく、どこがどうよいのか、うまく説明できないのだが、聴き入ってしまった。何となく、夏目漱石の「夢十夜」の第六夜、運慶が無造作に仁王を掘る様子が浮かんできた。カレル・アンチェル指揮の演奏を、もっと聴いてみたいとも思った。
ドヴォルザーク「新世界より」カレル・アンチェル/チェコ・フィル の感想はこちら
収録曲
DVDには、他にもベートーベンのピアノソナタ、テンペストや、ゴルトベルク組曲なども入っている。プログラム11「諧謔と法悦」に1~9、プログラム12「エピローグ」に10~14。
- ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番ニ短調 作品32-1「テンペスト」
- スクーリャビン:3つの小品 作品49より 第2曲 前奏曲ヘ長調 作品49-2
- 「オフェーリアの歌」について語るグールド
- R.シュトラウス:「オフェーリアの3つの歌」作品67
- マイロン・キアンティを演じるグールド
- ブルーノ・モンサンジョンの解説
- バッハ:ゴールドベルク変奏曲 BWV988より アリアと6つのカノン変奏
- ブルーノ・モンサンジョンの解説
- カゼッラ:バッハ(B-A-C-H)の名前によるリチェルカーレ 作品52より 第1曲
- バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻より 前奏曲とフーガ第3番嬰ハ長調 BWV872
- バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻より 前奏曲とフーガ第22番変ロ短調 BWV891
- ブルーノ・モンサンジョンの解説
- 「皇帝」について語るグールド
- ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 作品73「皇帝」
グールド、ストコフスキーの「皇帝」
グールドが語っていたストコフスキーとの「皇帝」の共演は、CDもあり、動画でも視聴できる。
アンチェルとの「皇帝」を先に聞き、ストコフスキーとの「皇帝」は後で聞いたのだが、たしかに、ストコフスキーとの「皇帝」はテンポはゆっくりめで、冒頭のピアノも独特であり、これまた聞いたことのないような「皇帝」であった。
この共演についてのグールドの語りを聞いた後なので、いっそう興味深かった。